神西清の名訳『田園交響楽』

N県N市のブックオフで、こんなものが105円で売っていたと、恩師さまからジイド著 神西清訳『田園交響楽』偕成社/ジュニア版世界文学名作選14(昭和42年発行)を見せていただいた。

新庄嘉章氏の解説に、神西清訳について触れられているので、お読みなさいという課題とともにだ。
「・・・一言申しておきたいことがあります。この巻は、故神西清氏の名訳『田園交響楽』をぜひ若い人たちに読んでもらいたいために編んだものですが、ページ数がたりないため、私の訳になる他の二編を添えることにしました。神西氏はフランス文学、ロシア文学の研究者として世に知られた人で、かずかずの名訳をのこしておられます。なかでも、この『田園交響楽』は不朽の名訳として、これまでにも多くの人々に愛読されたものです。生前、神西氏と親交のあった関係上、私がここに、氏にかわって解説をしたためた次第です。」(p275)

恩師さまの名訳趣味は、ジュニア版も見逃さないらしい。ところが、新潮文庫から同じ訳が出ていたとジイド著 神西清訳『田園交響楽』新潮社(昭和27年7月発行・昭和51年10月48刷)も取り出された。
「ちょっと比較してご覧なさい」とのご託宣。
私は、「恩師さま・・・漢字やカタカナが違う程度で何も問題ないではないですか。」と思っていると、静かに「ここ、ここ」とおっしゃる。

(新潮社文庫版)
「私は村の近傍に知らない場所はないつもりでいた。ところがラ・ソードレーの農場を過ぎたとき、娘は私がそれまで乗り入れたこともない道をとらせた」(p7)

(偕成社ジュニア版)
「わたしは村の近くに知らない場所はないつもりでいた。ところが、ラ-ソードレーの農場をすぎたとき、娘はわたしがそれまで乗りいれたこともない道をとらせた」(p5)

確かに、漢字は違う。カタカナ語も違う。ところが、

「もっと重大な違いに気づかないですか?」
恩師の口調はやさしいが、こういうときが実はこわい。

(新潮文庫版)「村の近傍
(偕成社ジュニア版)「村の近く

くううぅ、ああああぁ・・・、私はおののいた。「名訳だと言っておきながら、なぜ、なぜに違っているのでしょうか?」とおそるおそる訊ねる私。

恩師曰く
「「ジュニア版」だということで、編集者が勝手に変えたのですかねえ。近傍は中学生に難しすぎると考えて。日本人作家の小説をこんなふうにしたら大変なことなんですがね。」

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『小公女』、ラスト問題③

英語版『小公女』が届いたので、すぐさま開封せずに恩師に献上。ところが、先日来お忙しい恩師は、物憂げに開封されるなり、

 

「ご自分で読みなさい」

 

とのお達し。おろおろする私。

 

And, somehow, Sara felt as if she understood her,
though she said so 
little, and only stood still and looked
and looked after her as she went
out of the shop with the
Indians gentleman, and they got into the
carriage and drove
away.

(Puffin、2008年3月、p294)

なるほど、なるほど。川端訳、曽野綾子訳とよく対応している。なにも問題ない、じゃあ高楼訳が・・・?

 

その時、恩師は本をおもむろに取り上げて見始め、

 

「これは、なかなか難しい」

 

と一言。狼狽する私。どこが難しい?

 

恩師曰く、「as if  に続くShe と her は、どっちがセーラで、どっちが女の子かわかりにくい」と。

 

一瞬沈黙。私は得意の長考に入る。

そうか、sheがセーラなら「その子の口に出さなかった思い」、she がその子なら、「自分(セーラ)の気持ち」なのだ。

 

ううう、なぜ私に難しさが見抜けないか・・・。

 

恩師曰く、

「なんで、she her で表現したのかなあ。ネイティブでないから語感はわからないが、felt as if でつながる文で、二つのsheが違う人を指すとは、受験英語のレベルでは考えにくい。」

なるほどなるほど。受験英語すら忘れていた私。でもあとのsheはとおそるおそるつぶやく私。恩師は見透かしたように、

 

though のあとの she はその前の her を受けているわけだ。ネイティブの語感はこういうものか。」

 

しかし・・・。

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『小公女』、ラスト問題②

恩師が「今日は、ブックオフT市N店に行きましょう」とおっしゃる。

私は、「「あそこは、先日いきまして、ちょっと・・・、しばらくはないのではないかと思います」と申し上げたのだが、恩師の意志はかたく、古本好きの私も、今回はしぶしぶ、お供させて頂くことにした。

児童書の棚で、すぐさま指をさす恩師。

「ああっ!」と私。

谷村まちこ訳『小公女』[]完訳版 偕成社文庫 2004年発行【初版は1985年】。

次に、安めの文庫の棚で、わたくしめが発見。

伊藤整訳『小公女』新潮社 1998年発行【初版は1953年】。

恩師は、商品の動きさえも予測するのではないか・・・と思い、みつけた瞬間に、私は驚いて飛びのいた。

実は、その一週間ほど前、恩師はW県に出かけ、W店で土産にと

吉田勝江訳『小公女』岩波少年文庫2027 1980年発行【第11954325日】を買ってこられたばかりなのだ。しかもさらにその一週間前、ブックオフ吉祥寺駅北口店では 

曽野綾子訳「小公女」『少年少女新世界文学全集10アメリカ古典編〈3〉』

講談社、1964818日発行

も入手されている。これは昔、私に見せて下さった曽野綾子訳の最初のものなのかもしれない。

曽野綾子訳『リトルプリンセス―小公女―』

講談社青い鳥文庫2011年発行【初版は2007年】

恩師がお供させたのはこういうことだったのか。天の啓示に違いない。いや、恩師の掲示だ。高楼方子訳と川端康成訳で違っていた部分を調べよという暗示が私の頭に届いた。

(谷村まちこ訳)

その子はほとんど口をきかなかったが、セーラはあいてが自分の気持ちをよくわかってくれたような気がした。その子はじっとたったまま、セーラがインドの紳士とつれだって店を出て、馬車にのっていってしまうまで、見おくっていた。

p2372004年、初版は1985年】

(伊藤整訳)

その子はほとんど口をきかなかったが、サアラは自分の気持ちはよく通じたように思った。その子はじっと立ったまま、サアラがインドの紳士といっしょに店を出てから、馬車にのってかけ去るのを、いつまでもながめていた。(p3011998年、初版は1953年】

(吉田勝江訳))

その子は、なんにもいわずに、立っているばかりでしたけれども、セーラは自分の気持ちがよくわかってくれたのだと思いました。インドの紳士といっしょに、セーラが店をでて、馬車にのって遠く走りさるのを、その子はいつまでもいつまでも、見送っていました。(p3931980年、初版は1954年】

(曽野綾子訳・講談社『少年少女新世界文学全集10アメリカ古典編〈3〉』)【( )内はルビ】
その子は、ほとんどなんにもいわないで立っていただけでしたが、セーラはじぶんのきもちがよくわかってもらえたと思いました。セーラが、インドの紳士(しんし)といっしょに店(みせ)を出て、馬車(ばしゃ)にのって遠(とお)く去(さ)っていくのを、その子は、いつまでも見送(みおく)っていました。(p395)
【初版は1954年】

(曽野綾子訳・講談社青い鳥文庫)

訳文は上記と同じ。但し、表記に変更があって以下のようになっている。【( )内はルビ】

 

 →言わないで

 →立()って

 →自分(じぶん)の気持(きも)

p279)【2011年、初版は2007年】


どれも「セーラの「自分の気持ち」」と訳出ししてある。う~ん、高楼訳とやはり違う。

はて。

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プーシキン『スペードの女王』の「ひそかなる悪意」(中村白葉訳)と「悪しき下心」(神西清訳)

神西清訳はいかにすばらしいのか。例えば、プーシキンの『スペードの女王』の冒頭はこんなふうだ。

「スペードの女王は悪()しき下心をしめす。 

         『新版カルタ占い』」


恩師曰く「中村白葉訳では、“スペードの女王はひそかなる悪意を示す”です。差を感じるでしょう」と。

このところ腰の重い私だったが、ようやく、近くの図書館へ走った。

あったあった。中村訳。『コレクターズ版世界文学全集 25 プーシキン 大尉の娘ほか』(日本ブッククラブ 1974年)を借り出した。

早速ご報告。

「恩師、”スペードの女王はひそかな悪意をしめす“でした」

恩師、ぎょっとして曰く「“ひそかなる悪意”ではなかったでしょうか」と。

茫然自失の私。よ~く見直すと、間違いなく「ひそかなる悪意をしめす」。

恩師曰く「私が間違えずに覚えていたのは、文語文法の知識に依存していると思います。若い頃に覚えたものは忘れませんね。中学か高校のとき、うちの近くの本屋さんで立ち読みしたのでした。」と。

赤面した私が「連体形で、口語と文語の分かれ道でした・・・。」とくちばしると、恩師は「なんだ、ちゃんと勉強していたではありませんか。」と安心したご様子。

よせばいいのに、調子づいて「“なり活用”ですから、“ならなりにーなり、なるなれなれ”のT女(出身高校)F先生方式です!」

すると、恩師は、

「こちら、代ゼミ野村の文語文法丸暗記講座でした。“らあ、りい、りい、ポーズ、るう、れえ、れえ”と覚えたのでした。」と。

いずれにしても神西清訳の語感にしびれているのです。

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『水の子』③、あの、インチ問題

>「体の長さは四インチ――もっとくわしくいえば、三・八七九二インチになっ  いた。」(『水の子』岩波少年文庫 281953年、2刷、p68)

>「体の長さは四インチ――もっとくわしくいえば、三・八七九〇二インチ(十センチたらず)になっていた。」(『水の子(昭和56年)』岩波版ほるぷ名作文庫 キングスレイ作、1981年、初刷、p71 阿部知二訳・実は息子良雄氏による全面的改訂版)

なんで、こんなに違うのか。気になって気になって、『水の子』の原本ペーパーバックスを発注した。こんなことが続くので、さすがにハードカバーは買えない。また、よっぽどでなければ、新刊を購入するのは本意ではない。

果たして、誤訳なのだろうか。本が届いたので、わくわくではなく、はらはらしながら、当該箇所を見る。

The Water Babies

(Collins Classics 2011) p44 

The Water Babies: A Fairy Tale for a Land baby

(Wordsworth Children's Classics 1994)p45 

2冊とも

・・・(略)that I may be accurate3.87902 inches long, ・・・ だ。ほるぷの方が正しい。

恩師のインスピレーションが私に飛んだ。

 ★―「もっと古い版だと「3.8792」だったりするかもしれない。」

恩師曰く「そうだ」と。

私のはらはらはとまらない。さて、古い版はどこで見つかるだろうか。

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フランシス・ホジソン・バーネット作 高楼方子訳『小公女』福音館書店 2011年

恩師が高田馬場ブックオフでご購入なさったという『小公女』。「新刊古書なので、半額だった」とおっしゃっていた。

恩師曰く「翻訳の高楼さんの、この心持ちはすごい。それでつい買ってしまった」と。

「翻訳?」わたしのこころがざわめく。どんな精緻な訳になっているのだろうか。

「(『小公女』の翻訳という未知の仕事を)実際に始めてみると、なんとこれが面白くてたまりません。私は創作より翻訳に向いていたんだ、天職かもしれない、第一ストーリーを考えなくてもいいなんてすごい、などとテンションが高くなり、早起きしてはりきりました。が、そんなのは初めだけ。あっというまに脂汗の匍匐前進に転じました。なにしろぴったりの日本語が出てこないのです。」(p402

上記は、「翻訳者あとがき」の言葉。

なになに、「翻訳が天職」とはすごい、ブルブルものだ。

 

翻訳に対してこの意気込み。いったい訳文のどこに・・・

 

恩師は「冒頭に違いが見つからなければ、最後の部分でしょう」と宣う。

 

「その子はほとんど何も言わず、セーラが<インドの紳士>と連れ立って店を出て、馬車に乗りこみ、それから走り去るのを、じっと立って、ただ見つめていただけでした。けれど、その子の口に出さなかった思いが、セーラにはわかるような気がしたのです。」

 

恩師はすかさず、川端康成訳『小公女』(ポプラ社 1984年)を取り出された。

こちらも恩師がSS市のO店でご購入なさったものだという。

 

「その子はほんの少ししか話もせず、セーラがインド紳士と店を出て馬車に乗っていくうしろ姿を、ただしずかに、しずかに見送っているだけだったけれど、なんとなくセーラは、自分の気持ちがよくわかってくれたように思った。」(p318

  

あららら。これって同じ内容をさすのかしら?

 

 「その子の口に出さなかった思い」

 「自分(セーラ)の気持ち」

どちらでもつじつまが合うような・・・

これは、原文にあたらないとわからないなぁ。

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阿部知二訳『水の子』(岩波少年文庫 28、1953年2刷)

幸か不幸か、わたしにはひさしぶりに時間の余裕ができたので、せっかく購入したのだから、と、阿部知二訳『水の子』(岩波少年文庫 281953年2刷)を読み始めた。

 

トムが「水の子」に変身する直前に以下のような文がある。

「赤ヤナギの根本にトムの服がおいてある。(つまり、探している人はみんなトムが溺れてしまったと思っているようだ。)」(p.68

「さて、トムはほんとうにとうなったか?」(p.68

濁点がかすれてしまったのか、と思って、最近恩師が入手した『水の子』(岩波少年文庫 28 初刷)をこっそり覗いてみた。すると初刷(1952年)も「と」だ。

ということは、誤植・・・

 

念のために、岩波版ほるぷ名作文庫『水の子(昭和56年)』(キングスレイ作、1981年、阿部知二訳・実は息子良雄氏による全面的改訂版)をみてみると(p71

「さて、トムはほんとうにどうなったか?」

 と、「ど」となっていた。

自分の日本語力も人並みだったと安心していたら、同じ頁にもう一つ気になる部分があった。

 

「体の長さは四インチ――もっとくわしくいえば、三・八七九二インチになっていた。」(第2刷)

 

「体の長さは四インチ――もっとくわしくいえば、三・八七九〇二インチ(十センチたらず)になっていた。」(改訳版)

 

はて、インチが違う。どうして?

 

知二氏の旧訳は3.8792インチ(98.53090416ミリ)

良雄氏が手を加えたの新訳は 3.87902インチ (98.8527108ミリ)

 

ここからは、恩師に力を借りた。

恩師曰く「ウィキによれば、1958年頃に換算基準がかわったようです」

とのヒントの言葉。

なるほどなるほど。1インチは、25.4ミリメートル。でも、それは1958年に合意し、1959年に発効された長さだった。それ以前はどうやら、「イギリスインチ」 というのがあって、イギリスとイギリス連邦諸国は「帝国ヤード標準原器」の12分の1の長さを1インチとしていた。約 25.3998 mmとなり、これがいわゆる「イギリスインチ」だという。

 

う~ん。いまだに未解決。

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エドガー・ライス・バローズ著 小笠原豊樹訳『火星のプリンセス』(火星シリーズ第1巻)(小学館)②

恩師は、「武部本一郎の挿絵だ!」とおっしゃりながら、実は武部画伯の挿絵のない小笠原豊樹訳『火星のプリンセス』(小学館)を読まれている

らしい。


「小笠原訳の「侍従長は私に、サン・コシスが部屋にいる間はこの通路に隠れていて、皇帝(ジェダック)が部屋を出たら、あとについて行くように、と命じた。
pp.247-248の部分の意味がわかりますか」と、私を試してきた。はてなんだろう・・・?

恩師は上記を示して「〈サン・コシス〉と「皇帝」は同じ人を指している」といわれる。

なになに。普通に読んだらそう読めないではないか。

恩師は「ここはheの誤訳に違いない」と宣う。

私の虫が騒いだ。アマゾンで探したら"Princess of Mars "があったので、さっそく買ってしまった。ペンギン版、あのアメコミみたいは絵が表紙になっているペイパーバックだ。

"英語原文"は、やはり、皇帝の部分はheだった。

Within this passage I was to remain, he said, so long as Than Kosis was in the apartment.When he left I was to follow.

恩師曰く「上手の手から水が漏れている」と。

さらに「ほかの訳も確かめたらどうだろうか。」とも宣う。そこで、探した。しかし、T市のブックオフでもM市のブックオフでも、厚木淳訳が見つからない。私はとうとうT市のK書店で新刊本を買ってしまったというわけだ。

「恩師、大きな出費でしたが、確かめました! 」と私は喜び勇んでメールをお送りした。

厚木訳は、

「陛下が部屋にいるあいだ、おまえはこの通路で待機し、部屋を出られるときには、そのあとについていくのだ。p.211と。

わたしもこの訳の工夫にはピピピと来てしまった。「彼」でも「皇帝」でも受けず、敬語で表しているのだ。

ところが、ところが、厚木訳もなかなかやると思っていると、その二段落前の部分にはこんなところがあった。

「そこで侍従は、ただちにサン・コシスのいる部屋へわたしをともなった。皇帝(ジェダック)は王子のサブ・サンのほか数人の家臣と話をしている最中で、わたしがはいってきたことに気づかなかった。p.210

 

私にもわかる。サン・コシスと皇帝(ジェダック)は同じ人物なのに、これではそう読めない。

こうなるとついつい原文も見たくなる。

He therefore escorted me immediately to the apartment in which Than Kosis then was.
The ruler was engaged in conversation with his son, Sab Than, and several courtiers of his household, and did not perceive my entrance.

やはりそうだ。

恩師は、私がこの部分に気づいたことを褒めて下さったらしい。さっそく小笠原豊樹訳がどうなっているか教えて下さった。

「そこで侍従長はすぐに、サン・コシスのいる部屋へ私を連れて行った。支配者は息子のサブ・サンや数人の家臣と話をしているところで、私が入ってきたことには気がつかなかった。p.247

 

ここは確かに小笠原訳がすぐれている。でもどうして。私には、すらすら読めるから、としかわからない。すると、恩師は少しだけ解き明かして下さった。

「サン・コシスを「支配者」で受けている。サン・コシスの立場を示すような形で受けているからだ」と。

なるほどなるほど、そうか!

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マロー 川端康成『児童世界文学全集15 家なき子』

う~ん、川端康成氏の『家なき子』はすばらしいのだろうか。

こんがらがった頭をふりしぼっていると、恩師が、G県はM市のブックオフで買ってきた福永武彦・大久保輝臣訳『家なき子』河出書房新社 1993年4月(平成5年4月)を見せて下さった。
おお、これはもしかしたら原典に近いのかも。
そこで、恩師は私に課題を下さった。「とりあえず、目次ぐらい比較してみなさい」と。
「それでは」と、川端の『家なき子』と福永ほかの『家なき子』を比べてみた。
なんと、全然違うではないか。
川端の方が親しみがもてる。やはり川端がすぐれているのか・・・?

福永武彦・大久保輝臣訳                        マロー 川端康成
『家なき子』                                          
『児童世界文学全集15 家なき子』
河出書房新社 1993年4月(平成5年4月)   
偕成社 昭和44年1月
目次                                                   
目次

1 村で                                      → 一、ビタリスじいさん 
                                                        たのしいごちそう
                                                        ぼくをひろった人

2 ビタリス一座                         →   やっかいもの
                                                   動物の役者
                                                   さようなら、おかあさん

3 はじめての旅、はじめての舞台      →   眠れない夜
                                                               はじめてのしばい

4 勉強                                          →   旅での勉強
5 裁判                                            →    らんぼうな警官
6 友だち                                          →   おなかを すかして
                                                             ぬすんだ たべもの
                                        
                                                           二、やさしいリーズ
                                                              運河をゆく船
                                                              美しい部屋
                                                              病気の子ども
                                                              悲しいわかれ
7 雪とオオカミ                                  →   雪の中の小屋
                                                             犬とおおかみ
8 ジョリクール                                  →   あわれなジョリクール
                                                             パリにきたけれど
9 寒さと、飢えと                               →   ひどい親方
                                                             もう死ぬだけ
10 カルロ・バルザーニ                      →  しんせつな家族
                                                             イタリアの歌
11 アキャン一家                              →  天使のように
                                                            みんなちりぢり
12 前へ、進め!                              →三、友だちのマチア
                                                           助けあい
                                                           春の花咲く道
13 黒い町                                       →  炭鉱で働く
14 炭鉱事故                                    →  P199アレクシスのけが
                                                           おそろしい大水
                                                           罰せられた男
                                                           すくいの声
15 バルブラン母さん                        →  おみやげの めうし
                                                           なつかしい家
                                                           うれしそうな顔
                                                           お客はだれだろう
                                                           さびしい気もち
16 親を求めて                               →   手がかりは ないか
                                                           ロンドンめざして
17 りっぱな産着は、うそだった        →   <該当箇所わからず>
18 ジェイムズ・ミリガン氏                 →   <該当箇所わからず>
                                                         四、ミリガン夫人
                                                           わくわくする心
                                                           きたないうら町へ
                                                           あやしい商売
19 脱走                                       →   p286あたりか???
                                                            カピの悪い芸当
20 りっぱな産着は、本当だった        →    P324あたりか???
                                                            アーサーのおじさん
                                                           どろぼうの仲間
                                                           勇気をだして
                                                           馬車の中で
                                                           さあ、まえへすすめ
                                                           湖のほとり
                                                           幸福とのめぐりあい
21 家族とともに                            →    愛する人たち

解説                                                 “家なき子”について(解説)
少年のオディッセイアー 島田雅彦         
明治大学教授・仏文学者淀野 隆三

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エドガー・ライス・バローズ著 小笠原豊樹訳『火星のプリンセス』(小学館)

恩師が、この春に公開される映画のことでなにやら興奮なさっている。
映画の中味に関心があるのかと思ったら、豈図らんや、原作本のことだった。

そして、数日後には、エドガー・ライス・バローズ著 小笠原豊樹訳『火星のプリンセス』(小学館)を持ってあらわれた。
中学生の頃、創元推理文庫の小西宏訳、角川文庫の小笠原豊樹訳のどちらも読んだという。
私でも、小笠原訳はいい訳だとわかる。ひっかかりなく、すらすら読める感じだ。ところが、恩師曰く「達意の訳だとわかるが、名訳なのかどうか・・・」と。

恩師は早速、小笠原訳を読み始め、p.13の「「-略-あとでわかったことだか、この墓には立派な換気装置がしつらえられていた。」が気になると言い出した。
「しつらえられていた。」は「しつらえてあった。」ではないか。
恩師、こまかい・・・。

私は、あるいは、小笠原氏が「しつらえられていた」と訳したことには、何か意味があるのではないか・・・と思うのだが。

恩師は、さらに蘊蓄を傾ける。「訳よりもなによりも、挿絵だ。創元推理文庫版の武部本一郎(挿絵)のカバーがいい」と。新刊本のカバーのことは何もいわない。

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